日々彩々 Ⅱ
奈良いつも日々彩々! 日々いつも興味満載!

久しぶりの「てくてく会」なのですが!



秋本番に入ってきました。

とんでにない台風で、多くの方々が被害に遭われた・・・
昨日、ニュースでも初めて京都府・福井県・滋賀県に紫色の「特別警報」が出され驚いた。

テレビからは、何度も訪れた京都の渡月橋や回りに浸水被害が・・・
山間では、土砂崩れは大丈夫だろうか・・・・

昨日の午後からは、晴れ間も出始めた・・・
田圃の稲穂は実りを迎えているが・・・
大丈夫かしら・・・と案じる。

被害に遭われた方々に、お見舞いを申し上げます。


「てくてく会」は、今年の秋も、明日香・稲渕の彼岸花を見に行く事なった。
慌ててチラシを作ったが、今回はシンプルで!
1 2013年・秋・てくてく会ポスター

昨年は、雨で中止になった。
今年こそはと、今度の日曜日に決まりましたが・・・
どうも主人は道を覚えてない様子・・・と、言うのは、私は参加出来ないからです!
どうも、おばあちゃんを一日中、一人にしておけない状態。

さて・・どうも道を覚えてない主人?
昨年は地図も渡したのだけど、途中で少し解からなくなったようでした。

「そんなんあかんわ~」なんて、言ったものだから・・
今日、明日香の稲渕へ下見に行くようになった。
2 昨年の稲渕彼岸花写真
(写真は、昨年の稲渕・・下見に行った時)



この前は、「あすかぶどう園」の「立部」まで一度行ったのだけど
今日はもう少し先まで・・・


おばぁちゃんが、ディサービスに行っている間に・・・
午後は天理の病院へ付き添い。

今日も、忙しくなるぞ!




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久しぶりの「てくてく会」暑かったぁ~!



昨日、関西は梅雨入りの発表がありました!

当分、雨の日が続くので、その前にしっかり花の写真を撮ってきました。
追々とアップしていきたいと思います。

その前に、先日26日「てくてく会」がありました、参加15名!
この日、暑かったぁ~!

9時30分出発・・・
平城宮跡から、山陵町を通って日葉酢媛命陵(ひばすひめのみこと)と
稱徳(孝謙)天皇高野陵(しょうとくてんのうたかののみささぎ)を通ります。

2年前でしょうか、正面の森の一部が伐採されましたが、徐々に戻りつつ有り
その後ろ側を歩いて行きます・・・・

目の前は、成務天皇陵・・・
先週だったと思いますがNHKの「にっぽん横断・こころ旅」217日目で、
火野正平さんが、成務天皇陵へ訪れられていました・・・
暑い中、ご苦労さまと言いたかったです!

我々も、木陰の処を歩いているのですが、涼しいのではなく、暑いこと暑いこと・・
この日の気温は何度あったのだろう・・・?

そこを抜けたら・・平城駅です、近くの踏切を渡って、今度は神功皇后陵へ
ここでいろいろ説明をして頂いたのですが・・残念ながら右から左へ(>_<)
1神功皇后陵てくてく会



歩いていると・・・ハイツの名前がすごい!
なるほど、「歴史の道」だから・・・?
2歴史の道てくてく会



奈良競輪場の北側を通って・・・やっと秋篠寺へ・・・・

受付で・・・15名中、無料の方が、なんと・・10名も・・
これは、70歳以上は無料なんですね、あと奈良市の主な神社仏閣も無料でパス!
博物館や美術館なども・・・いいな~!
3秋篠寺てくてく会


ここで昼食!
朝、5時起きしてお弁当とおにぎりを!
もちろん、お留守番の、おばぁちゃん用のお弁当も作りました!

南門からまっすぐ南へ・・・
住宅地の細い道・・幅60cmほどの石畳を歩いて行きます・・・こんな道あるんだぁ~驚き。
ここの石畳・・なんだか好きです!
4西大寺へてくてく会

側は田んぼの処もあって、田んぼに水を入れられているので石畳に滲み出してきます。
うかうかしていると・・シューズが濡れますよ~。


近鉄の線路を渡って・・まだまだ南へ!

やっと、角を左折、東に歩いて少し行くと土塀に木の扉があって入っていくと、西大寺の中でした。
5西大寺てくてく会



この暑さ・・お参りをして、ここ西大寺で解散となりました。
また、ご朱印帳を忘れてしまった(>_<)
7西大寺てくてく会


大きな菩提樹花は?・・・残念・・もう少し先です!
6西大寺・菩提樹てくてく会




佐保・佐紀路・・・こちら
前は、不退寺まで歩きました。




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佐保山佐保路・歴史の道ハイキング!



6月のてくてく会は「歴史の道」奈良山(佐保路)を歩こうでした。

この時期、雨も気になる空模様でしたが・・
3日は、なんとかもってくれました。

今回は、距離も短いので「歴史の道しおり」を作りました!

A4の紙を8等分にして、上半分を逆さまに書く・・・
ワードで上下、左右反対にし、紙の真ん中を切り抜いて折る・・
これで、出来あがり・・面白いしおりの完成!
これを、参加者の方々に渡し、ぼちぼち歩いた。
しおり

早く起きようと思ったら・・寝坊してしまった(>_<)
慌てて、お弁当を・・留守番になるおばぁちゃんの分もネ!
お弁当


新大宮駅から佐保川を歩いて大仏鉄道歌碑から春日野莊を通って興福院へ・・・
佐保川


興福院(こんぶいん)
奈良でも、最も美しい尼寺の一つだそうです!
木心乾漆阿弥陀三尊像、奈良時代の作。
聖武天皇の御学問所を菅原伏見の里に移し、弘文院と称した事に始まると言い
藤原百川(ももかわ)が宝亀元年(770)に建立したとも伝えられる。
興福院

奥を覗くと趣のある感じでしたが、残念ながら中に入れませんでした。



長慶寺、瑞景禅寺、狭岡(さおか)神社をへて不退寺へと・・

長慶寺
(融通念仏宗) 佐保山普門院「長慶寺」
吉村長慶さん(1863~1942)が私費を投じて建立開基したお寺です。
吉村長慶さんは質商・金融業、北浜の相場師として活躍したそうで・・
稼いだ資金を生涯にわたって、お抱えの石工を雇い、200を超える石造物を作ったそうです!
生まれの奈良町にも、いろいろあるそうです。
長慶寺

奈良町、鳴川町徳融寺には、釈迦と、キリストを揺すり起こす
吉村長慶さんの石碑があるそうですよ!

一度、見に行きたいと思います、それとここで思い出しました!

4月に大仏鉄道碑の手前の橋、、下長慶橋・・・川向こうの石垣下には
「三聖人合掌の浮き彫り」と「宇宙教典」があった事を・・・・それがこれ!
(クリックで拡大)
壁石    壁石




瑞景禅寺
丁度、奈良県立奈良高等学校の下ほどに建つお寺・・・
宝7年(1679)の創立。開基は即空上人、木庵禅師の隠居所だったと伝えられる。
瑞景禅寺




狭岡神社
第11代・垂仁(すいにん)天皇の最初の皇后・狭穂(さほ)姫にゆかりの神社。
狭岡神社

狭穂姫が、美しい姿を写したと言われる鏡池(姿見池)があります。
狭岡神社2


狭岡神社を見てから西へ・・・・
住宅地の細い道を歩いて行くと・・・
パッと開けて奈良市内が一望出来るビューポイント!
眺望

東大寺、大仏殿や興福寺などが見え、東の若草山
春日山原始林に御蓋山がくっきり見えます!
眺望2


ここから下って不退寺まで下って行く・・・
遠く西に、朱雀門が見えました。
歴史の道




不退寺
平城天皇が、ここに萱の御所(萱葺きであったことから)住んだ御殿。
後に、天皇の孫にあたる在原業平が、聖観音像を安置して「不退転法輪寺」としました。
別名(業平寺)
不退寺


境内に500種以上の植物が植えられ四季折々の美しい花を見る事が出来ます。
ちょっと、遅かったですが、放生池から見る黄菖蒲と石の業平橋が趣きがあって素敵でした。
スイレンが一輪色を添えてました・・・
不退寺2

緑の楓が美しく秋に、また来たいお寺でした。



平城京の北に連なる佐保山と佐紀山、その裾野を平城山(ならやま)・・・
転轄門あたりから法華寺までを佐保路をいいます。
佐保は朗らかで明るいところ・・という意味だそうで
昔の貴族たちは競って邸宅を建てたそうです。

静かな住宅地の中・・ひっそりと建つお寺ばかりでした。

歩きながら・・思い出すのは・・・

昔・・・高校生の頃や、またこの近くに親戚があったのですが・・
ただただ、気にもしなくって通った道でした。


そこから、JR関西本線の上を通ってウワナベ池、コナベ池・・・
平城宮跡から帰途につきました。


地図(クリックで拡大)
佐保路地図




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第10回「てくてく会」・・大仏鉄道遺構巡り!



大仏鉄道・・・
現在の関西本線の前身「関西鉄道(かんせいてつどう)株」の一つ
大仏鉄道が「加茂駅」から「大仏駅」今のJR奈良駅北1.1Kmに仮設的に作った駅を結ぶ
8.8Kmと次の年に開通した「奈良駅」までの通称だそうです。

今回は、その廃線跡の遺構を巡りながらのコースでした。
4月29日、暑いほどの良いお天気で出発!

JR奈良駅からJR加茂駅へ・・
東口広場にある動輪モニュメントを見に行きました。
平成19年10月に、8620型蒸気機関車の動輪一対と鉄道記念碑が設置されたそうです!
加茂駅動輪モニュメント

この日は、午後から「かも野外音楽フェスタ2012」が行われ、吹奏楽やにぎやかに
ダンスパフォーマンスの練習をされていました。

次は、西口に廻ってすこし南に(木津方面)歩くと、線路沿いにレンガで作られた
「ランプ小屋」が見えてきます、明治30年(1897)10月に完成した加茂駅開業当時からの建物・・

オランダ積みの赤レンガ造りで切妻屋根の倉庫としては珍しく、機関車の前照灯や
客室の照明用に使用されていたランプの石油類の給油、保管に使用されていたそうです。
ランプの小屋


そこから、少し歩く・・・踏切を渡り南へ・・・線路沿いに歩いて行くと・・・
「C57 56」の蒸気機関車が置いてあります。
この機関車・・大仏線の軌道跡を通って昭和47年に、この場所に!
愛称は「走る貴婦人」と呼ばれていました。
C57


この蒸気機関車は、関西本線、急行列車や特別列車をひいて走っていたそうです!
もしかしたら・・・私もきっと乗った事があったかも?
と、言うのは昭和42年・・小学校の卒業旅行は伊勢へ、二見ヶ浦など思い出があるのですが・・

あちこちの小学校6年生が、大勢で汽車に乗った卒業旅行でした・・・

私の学校は木津駅からの乗車で、汽車に連結された何両かの列車・・・
その時の汽車の思い出が今も強く心に残っています。

そしかしたら・・・違うかもしれませんが・・・その時はお許しを!
だれか、覚えてないかしら・・・汽車に乗った事!


線路に沿って歩く・・・加茂小学校を過ぎて踏切を渡る・・・
赤田川踏切


田圃や畑が続きます・・そして濃い赤紫の蓮華畑があちこちに・・
泉中学校を遠目に見ながらの田園風景に気持がいい!
青い空には、ヒバリが鳴いて・・・でも、この日は暑かった!
加茂町観音寺風景


田圃道の木陰を歩くと・・ちょっぴり涼しい感じ!
観音寺橋台へ




見えてくるのは、観音寺アパット(橋台)で側には併走してJR大和路線が通っている・・・

丁度、JR大和路線走ってくればよかったのだけど・・そうはいきませんね!
観音寺橋台

大仏線の工事とほぼ同時期に木津(片町方面)へと結ぶ線路が並行して進められていたそうです。


すぐ近くには、観音寺小橋台があるのですが、すぐ側をJR大和路線が・・
こちらは危険なので柵が設けられているそうなので、パスしました。


そこから中ノ平、道は二手に分かれ左に行く・・・
JR大和路線ともここで・・・
大仏線はこのあたりから南へ・・・

この時期、竹林を歩いていると、当たり前ですがタケノコが多く頭を出している!

殆どが、真っ黒な頭をだして・・時々コボッと空いた後が・・・
あきらかに折られたタケノコのあとが残っていた。
竹やぶ


この辺りは雑木林もある里山が広がっています・・・
小屋


山里風景



鹿背山アパット(橋台)左手山間には美加ノ原ゴルフ場が広がっています・・
ここはJTBが発行している本「鉄道廃線跡を歩くⅡ」の表紙にもなっている橋台です。
鹿背山橋台




(梶ヶ谷トンネル)
農道や水路を通すために築堤下部に設けられた隧道で、アーチ部分の煉瓦は
長手積み坑門はイギリス積みで、 当時の技術の高さが伺われ大仏鉄道の
代表的遺構の一つです。
梶ヶ谷隊道

梶ヶ谷隊道



梶ヶ谷隊道をくぐって向こうに出ると、突然茶色のアーチ状オブジェが出現!
休耕田に置いてあった・・どう見ても「ギロチン」のような形に??
ギロチン



帰ってから、少し調べて見ると・・・
この作品は、「木津川アート2010」に出展された中島和俊氏の作品
「鉄の彫刻」ギロチンのように見える作品でした。
「木津川アート出品作品ーギロチン」から


梶ヶ谷隊道を通って・・ギロチンを見ながら道は左へ回り込む!

竹藪を過ぎると、やがて車が走っている赤橋が見えてきた!
御影石と煉瓦を組み合わせて造られている、長短の赤煉瓦を交互に積むフランス式で
大仏鉄道の遺構の中でも最も代表的なもの、今も上を車道になって車が通過して行きます。
赤橋



赤橋沿いに歩いて行くとやがて竹林が続く・・・
タケノコが多く黒い芽を出して、かなり大きくなっているものもある・・・
竹林も歩いていると、視界が開けてきた・・・
鉄道跡が道になっているのですが、側まで宅地の工事がされ竹林が
無くなっていっていってます、木津駅の東の奥になる場所!
こんな場所まで、宅地造成地が来ているのでビックリでした。

加茂からおよそ2時間・・お昼頃になったので、木陰のある竹林の中でランチタイム!
側は、梅谷への道・・・車が多く通ります。
竹林でランチタイム

食べながら、タケノコばかりを眺めていました(笑)


ランチタイムも終わって歩き出す・・・老人ホーム木津芳梅園を過ぎて梅谷の信号へ
ここまで来たら、見覚えのある梅見台のバベルの塔・・正式名は「筍風給水塔」
出来た時から、バベルの塔擬きとずっと思っていた・・・(笑)

やっと、京都府から奈良県に入りました!
大仏鉄道は、黒髪山あたりまで・・登りに入ります・・・
梅谷口・・国道旧24号線と交わる交差点を、渡って道路沿いを右に下りて行く
コの字形に廻った溝に鹿川隊道があります。
鹿川隊道


農業用水路の目的で造られた隧道で、今も水路として使われていて
細いトンネルですが、とても美しい石組みで出来ていました。
上は軌道跡で現在は市道44号線が走っています。

廃墟になった奈良ドリームランドを右手に見ながら歩く・・・

黒髪山トンネル跡・・・
この辺りが最高点で大仏鉄道の難所だったそうです・・・

黒髪山は勾配がきつく、汽車が満員の際は乗客が降りてみんなで押したらしいです!


「大仏鉄道はそのルートを最短距離となる奈良山丘陵に設定していたため、加茂駅の標高が
40メートルであるのに対して、大仏駅は70メート ル、黒髪山では100メートルにもなりました。
その結果、大仏鉄道は最急40分 の1の勾配(100メートルで2.5メートル登る)が連続する
路線となり、明治時 代の小さな蒸気機関車にとって、その運転は相当な困難を極め
イギリス(ナ スミス・ウイルソン社)製の新鋭機関車をもってもけん引きギリギリで
石炭の消費量も多かったと言われています。」

木津川市ホームページより

明治41年大仏鉄道が廃止されたその後も残っていましたが
昭和39年の道路拡張に伴い、山を切り開きトンネルは取り壊されました。
そのトンネル入口にあった関西鉄道の社章は大阪の交通科学博物館に
保存されているそうです。


鴻池を過ぎてス右折、スーパーマーケットの側を通って住宅地
南に下って行くと春日野莊裏から一条通りへ・・
ここで、あの手焼きせんべい屋さんで、有名な「大仏鉄道せんべい」
畠山製菓(奈良市法蓮町973-6) TEL 0742-22-6531
大仏鉄道「手焼きせんべい」



この春日野莊から東へ少し行ったあたりが、大仏駅だったそうです
地図には、奈良警察署法蓮連絡所がある。


そして、やっと大仏駅跡を記念する公園「大佛鐵道記念公園」に到着!
「大佛鐵道記念公園」


機関車の動輪モニュメントと説明碑があり、モニュメントには・・

【関西鉄道大仏駅について】
明治28年、草津・名古屋間を全通した関西鉄道は、柘植(つげ)から大阪方面への進出を計り
2年後の30年11月に加茂まで開通した。ここから梅谷を経由して黒髪山トンネルを下り
31年4月、この地の北側法蓬の交番所の南あたりに大仏駅を設置した。この鉄道は市民
観光客にも親しまれ大仏詣での人たちもこの駅で下車し、一条通りを通って東大寺に
参拝していた。奈良駅にはその年の12月到達したが乗り入れが実現したのは翌32年5月
であった。その後線路が木津経由に変更となり明治40年8月までの約9年間で廃止された。
昭和39年頃まではトンネルも残っていたが、現在は取り壊されて当時の面影は今は見られない。

平成4年4月 奈良市(モニュメント横の碑文より)



そこから佐保川へ出て橋を渡り佐保川を見ると・・・佐保川鉄橋跡
下長慶橋の川底より平成19年(2007)大仏鉄道鉄橋跡の煉瓦橋脚の
基底部が発見されたそうです。
川底には、草が多くて・・あまりよく解りませんでした。
佐保川鉄橋跡


佐保川沿いに歩く・・もう、桜の季節は終わって、桜のトンネルは
美しい新緑の季節へと変わっていました。
佐保川



この日は、大変暑い日でしたが、とっても面白い場所が至る所にあって大仏鉄道遺構巡りを
楽しむ事が出来ました。

所々、写真の無い部分もありましたが、長い文面を読んで頂き有難うございました。


ブログを書くにあたっては、京都府の木津川市のホームページや
幻の鉄道「大仏鉄道物語」を参考にさせて頂きました。
「大仏鉄道物語」



大仏鉄道遺構巡り(自作地図です)
間違っている個所もありますので、参考程度に!
地図1  地図2   地図3

地図4   地図5   地図6

地図7   地図8   地図9





木津川市観光ガイド「幻の大仏鉄道遺構めぐり」より!
 地図も掲載されてます。

ダウンロード地図(PDF)歴史(とき)めく木津』

木津川市観光ガイドより「大仏鉄道」


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明日のてくてく会・・幻の鉄道『大仏鉄道』



先月は、雨のため中止になった!

今回は大丈夫!
ただ、ここ数日・・暑いので日焼けなどに注意かな!


今回は、約110年前に開通して、わずか9年余りで廃止された鉄道・・・
それが「大仏鉄道」・・・

この幻の鉄道に想いを馳せて・・と言っても、まだあまりよく解りませんが

かつての路線跡に残された 鉄道構造物を巡りながら・・
明日『大仏鉄道てくてく旅』をする事になりました。
(クリックで拡大)
毎回、何かしら・・チラシを作ってます・・・・
第10回てくてく会    第120回てくてく会2

チラシ・・一緒なのですが、右は中に罫線で柄を入れました。
ちょっと勉強で・・・


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今度は、大津皇子に会いに行こうか・・・



3月の「てくてく会」はどこへ・・・

いろいろと候補は出ているのだけど・・・なかなか、決まらない!

主人は「屯鶴峰」に行きたいと言い出す・・・
「屯鶴峰」だけでは、あっと言う間に終ってしまう
それじゃ~二上山では・・・と、言うことになった・・

どこから登るのか・・と手掛かりが必要になり先日、雨が降りそうな日に下見に出かけた。
実際は、電車で行くのだが、この日は車で・・


香芝市の穴虫の交差点(国道165号線)から香芝太子線(府道703線)を
西へ少し行った場所に、屯鶴峰の入り口があり、手前に駐車場もあった。
屯鶴峰入口


入り口は、ここ以外あるのか確かめなければ解らないので
国道165線からの、入り口も探したが見当たらない!

近くの、お店の方に聞いてみると・・・
以前はあったようだか、165号線は交通量が多くあぶないので
無くなってしまった・・と言う事だった。
(165号線沿いにあった看板)
屯鶴峰看板

と、言う事は香芝太子線の、看板のある入口だけになる。

関屋駅から歩いて「屯鶴峰」へ・・・
そこから、二上山へ行くルートを探さなければならない!
近くに、ダイトレの入り口もあった。


今度は、二上山への道・・・
二上山へは、いろいろ登るルートがあり、屯鶴峰から登山口まで歩くか・・・
二上山だけなら、二上山駅か二上神社口駅から行く事になる。

道の駅「ふたかみパーク當麻」に車を止めて、「二上山ふるさと公園事務所」
で、伺う事にした、聞いてみると登りやすいのは、傘堂から大龍寺、祐泉寺を
通り雌岳と雄岳の馬の背に出るルートらしい・・・
二上山への看板

二上山と言えば、この方を思い出した。
昨年の11月に登られた、「きっすいの奈良人」ブログを書いていらしゃるメグさん!
山登りに関しては、すごい人・・・
「二上山 雲海」と言うタイトルで書かれて・・・

掲載されていた、雲海の写真も綺麗だった!
あのような雲海の写真が撮れれば最高なんだけど・・と思う!


「二上山ふるさと公園事務所」からまっすぐ行くルートがあって
グゥーンとそそり立つような、456段の階段が待ち構えている。
もちろん、迂回する道もあります。
(クリックで拡大)
二上山ふるさと公園

圧倒される階段を見てから、道の駅まで戻ってお昼にして少し見て回った!
来た時は、売ってなかったチーズケーキがあった!
まだ、暖かくって・・・即効買い求めた!
ここの、チーズケーキすごく美味しいのですよ!
チーズケーキ



帰ってから、少し調べると二上山・・・このようなサイトがあった!
「歩く・なら」これだ!
歩く・なら


帰って報告!

後日、多分こんなルートで登る予定になった、「屯鶴峰」へは残念ながら行かない事になった。
(クリックで拡大)
二上山ルート


登れるのかしらん・・と言う不安もあるのだけど・・・
当日(18日)、晴れてくれる事を祈るばかりである。


            追記
今回行く予定でした、18日の「てくてく会」の二上山登山は
昨日(17日)からの雨のため中止になりました。    
                             3月18日付


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てくてく会・・・明日香「飛鳥坐神社・おんだ祭」



2月の「てくてく会」は、明日香路と「おんだ祭」・・・

奈良の祭事と、言う事で飛鳥坐神社の「おんだ祭」を見学してきました。

この日は、久し振りに暖かい日・・・歩いているとかなり暑くなって行く・・・

近鉄橿原神宮駅から、東へ歩き始めると、日本書紀にも出てくる剣池(石川池)に・・・
剣池(石川池)

池には、孝元天皇陵があって、正式な名称は剣池嶋上陵(つるぎのいけのしまのえのみささぎ)と
いうそうです。
明日香へ


少し住宅地を通って、今度は和田池へ、もうここからは甘樫の丘も見えてくる・・
和田池周辺


そこから、※向原寺(こうげんじ)・豊浦寺跡)まで少し歩きます。

日本に初めて仏像や経論が伝えられた、つまり仏教が伝来した最初の地がここ豊浦寺・・
のちの向原寺であります。
向原寺


また、593年に推古天皇が蘇我稲目(そがのいなめ)の邸宅が在ったとされる豊浦に
宮を置き豊浦宮(とゆらのみや)と定められました。
(クリックで拡大)
豊浦宮跡・豊浦寺跡  看板   豊浦宮跡・豊浦寺跡


裏には、この豊浦宮が在ったとされる、発掘調査の後を見る事が出来ます
(申し出れば見学が出来るそうです)(クリックで拡大)
推古天皇豊浦宮跡・豊浦寺跡   推古天皇豊浦宮跡・豊浦寺跡

この日は、住職が不在で、本堂には入れず、奥様が遺跡の説明をして頂きました。
遺跡からは、金堂・講堂など伽藍配置の一部が明らかとなったそうです。

向原寺から、少し歩いて甘樫丘へ・・・
甘樫丘へ

飛鳥一円を眺望できる標高145mの小高い甘樫丘・・・
ここから東に見えるのが、これから行く飛鳥坐神社です。
飛鳥坐神社を望む

それよりも、甘樫丘に登る前から、お囃子がガンガンと聞こえてくる・・・
これを、聞きながら歩くと・・どうしても気になるので落ち着かない!

甘樫丘から、下って飛鳥寺へ・・・
日本初の僧寺・法興寺(仏法が興った寺の意)(元興寺)・・・現在の飛鳥寺!
蘇我馬子の発願で推古天皇4(596)年に創建された日本最初の寺・・・
本尊飛鳥大仏は、日本最古の銅造丈六仏といわれる釈迦如来坐像。
飛鳥寺

飛鳥大仏さま(国宝の釈迦如来像)
右から見ると強いお顔、左から見るとやさしいお顔に見えるとか・・・
中で、説明を聞きながら・・気持は飛鳥坐神社に向いてます・・・

忘れていた、お昼をどこで食べようと、言う事になって・・
少し、言った先に奈良県万葉文化館の裏庭に通じる道が・・
そこから、入ってやっとお昼です。
昼食


その後、やっと飛鳥坐神社へ・・
飛鳥坐神社へ


参道を歩いていると、なにやら賑やかな声が・・・
天狗さんと翁は、竹の棒で、おしりをたたいています、これはササラ(竹筒の先を割ったもの)で
悪魔除けの行事、尻を叩かれた人は身体についた厄が落とされると言う事だそうです。
おんだ祭


鳥居を入って行けば、すごい人で舞台見えません!
あれこれ、動いて少しでも、見える場所へ・・
祭の本番までは、少し時間もありましたが、今度は動けなくなりました。

いよいよ神事に入ります、「おんだ祭」とは豊作を願うお田植え神事!
神主さんによる、祝詞や玉ぐし奉納などの儀式が行われ、みんなが向いている場所とは
逆に社殿があります、その社殿に向けて五穀が奉納されます。
おんだ祭

その後、舞台ではササラで叩きまくっていた天狗さんと翁・・・そして牛も登場・・・
田を耕し種もみを植え付けるという農耕の所作を演じます・・・
ここで、ちょっとパフォーマンス・・ずっこけたりと客の笑いを誘います・・・
松の小枝の束を、苗に見立て植える仕草「植つけ」を・・・
そして、それを見ている衆に投げます・・・
おんだ祭

これは、田圃の水口に刺しておくと、農作物に虫が寄りつかないと言われています。
ここで、笑いありで和やかに一部が終わり、少し休憩を挟みます・・・

この間、巫女さんによる、お神楽の舞の奉納・・綺麗で優雅に舞をされていました。
おんだ祭


そして、二部へと・・・
さて、翁と天狗さん、そして・・くねくねと恥ずかしそうにお多福さん登場・・・
天狗さんとお多福さんは翁を仲介人に、舞台で結婚の儀式・・・
天狗さんとお多福さん二人で仲良く、てんこ盛りご飯の椀(鼻つき飯)を神主の前へ・・
おんだ祭

続いて天狗さん・・・竹筒を股に当て、グルグルまわしたり立てたりします・・・
神主さんの前で、竹筒で酒をつぐ所作・・これは、「汁かけ」と呼ばれています。
翁が、舞台の中央にゴザを敷き・・・天狗さんがゴザへ・・そしてお多福さんも・・・

ここから先は・・ちょっと恥ずかしながら・・あからさまに書けませんので・・・よしなに!
露骨に・・大爆笑を取りながら演じられます・・是見よがしに・・
(どうしても、気になる方はクリックして拡大を!)
おんだ祭

これを二回ほど行われます!
写真は、翁が・・「もう一回じゃ~よぉ~」なんて・・言っているようで・・
おんだ祭


その後、幻の紙と呼ばれる「ふくの紙」が登場!
(お多福の股間を拭いたとされる紙)
この紙は、参拝者に撒かれます、この紙を手に入れた方は、よほどの幸運者!
その方の家はもちろん、益々繁栄すると言い伝えられています。

そして、最後は、お餅が撒かれます。
この「おんだ祭」の所作は無言で行われますが、最初に説明をされます。

二年越しに、やっと見学で来た「おんだ祭」・・・
おおらかな夫婦和合を伝える民族学的な貴重な祭りでしょうか・・
インパクトが強い祭事に、笑うしかありませんでした。
さらっと受け流すように・・・皆さん飛鳥坐神社を後にされていました。

毎年、2月の第一日曜日に行われます!



飛鳥坐神社ホームページ・・・こちら

「日本書紀」によると、欽明13年(552)百済の聖明王から金銅の釈迦仏や経典が献上された。礼拝の可否を問うたところ、物部、中臣の諸氏は異議をとなえ、蘇我稲目がひとりこれに賛意をとなえたため、稲目はその仏像をたまわり向原の家をもって寺として安置したとある。しかし、その後悪疫が流行し、物部氏、中臣氏らがこれをもって国神のたたりだと奏したため仏像を難波の堀江に流しすて寺は焼きはらわれたといわれる。後、敏達10年(581)再建され桜井寺となり百済から帰朝した善信尼が住み尼寺となった。その頃は、一名建興寺ともいわれた。豊浦宮で即位した推古天皇は推古11年(603)豊浦宮地と桜井寺地とを交換され、旧宮跡に桜井寺を移し豊浦寺といい、寺地に移った宮を小墾田宮と称したといわれる。
豊浦寺は由緒からいえば日本最初の寺であり、舒明朝には塔婆が建立され、持統天皇のときには、飛鳥五大寺の一つに列せられた。平城遷都とともに新都に新寺が営まれたが旧寺もいぜん盛えた。しかし平安時代にはかなり寺運が傾き、頽廃の途をたどったといわれる。
現在は、江戸時代に建立された向原寺(真宗本派本願寺派)があり、その後を引き継いでいるといわれる。門前や境内に多くの礎石がみられ、寺跡であることを裏づけている。昭和32年(1957)、昭和45年(1970)の発掘調査でも塔、金堂、講堂などが検出され、平成5年(1993)には金堂が南北15メートル、東西17メートルの規模であることが判明した。また南方では広場状に10メートル近くの石敷遺構が確認されているが、全容の解明は今後に残されている。
(明日香村・奈良県指定文化財より)





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てくてく会・・・明日香(橘寺~猿石)(2)


橘寺に戻って参りました!


ここで、お寺の方に橘寺のいろいろなお話を聞く事に・・・
お寺の成り立ちや、聖徳太子ゆかりの事などなどを!
橘寺



以前に橘寺を訪れた時は、寄らなかった往生院の天井画を見せて頂きました。
往生院・天井画

念仏写経研修道場として、平成9年に再建され多目的道場として活用されているそうです。

阿弥陀三尊をご本尊として側には、聖徳太子の像も安置されています。

格天井には、260点の華の天井画が・・・
著名な画家の協力によって、奉納されています。
是非、寝転がってご覧になって下さい・・との事だったので・・・

みなさんで、ゴロンと天井を見つめて・・・
眠たくなりそうな雰囲気・・・美しい花々の夢など?
(クリックで拡大)
往生院・天井画

昔よりある花や現在の花などなど・・・じっと見つめていると落ち着きます。
庭には、綺麗なムラサキシキブが、まだ多く見受けられました。
ムラサキシキブ


橘寺より・・・川原寺跡周辺を見る・・・
橘寺から



橘寺から西へ・・・



不思議な「亀石」長さ4m、幅2m、高さ2m、重さ40tの花崗岩でできた謎の石造物である!
亀石

可愛い顔をしていますが・・・
伝説では、石が西へ向くと・・・大和国一帯が泥の海に沈むと言われているそうです!

側の大きな、舟型光背の地蔵さん・・
舟型光背地蔵さん



この辺りから、金剛山が良く見えて・・・
太陽の光がとても綺麗でした・・・
景色

道端には、野菜市の店もあり、道端には100円野菜や果物など置いてました!
野菜市場



聖徳中学校あたりは少し高台になって回り込みように田畑を歩く・・・


道端からちょっと入れば「鬼の俎」・・・反対に側には「鬼の雪隠」
7世紀中頃に築造された長方墳だとか・・・
鬼の俎


鬼の雪隠

ここで、「鬼の雪隠」よりも気になった物が・・・


ちょうど、隣りは白菜畑・・・半分ほど出荷してますが、後半分はまだ!
美しい白菜畑が広がってました。
白菜畑


なんだか、このあたり・・・土も肥えてますよ!

近くにはいっぱい咲いているホトケノザ・・元気がいい!
ホトケノザ


飛鳥駅に戻りつつ・・・最後の猿石へ・・・
欽明天皇陵手前、左にある吉備姫王墓の中にある四体の石造物
名前が付いてましたが・・
猿石


左端に、「女」という名前の石が・・
ユニークですが・・でも、「女」と言うよりも恐竜のような顔!
猿石


猿ではなく渡来人を象ったものだとか・・・



やっと飛鳥駅到着!


さて、お土産は・・岡寺で見つけた「辰の起き上がりこぼし」
前回、乗せていた「寅」の替わりにしました。
辰・起き上がりこぼし



ぐるっと回った明日香・・・まだまだ、見る場所は多くありますが
「飛鳥コースてくてくまっぷ」は約9キロですが、10キロ以上は歩いたと・・
今回は、10名で行きました、高松塚壁画館と橘寺では説明を
受けました・・・これって・・いいですね!

ちょっと説明を受けると、楽しくなって興味湧いてくるような
感じですごく得したような一日でした。

今度は、春に歩きたいコースです。




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